『ランチ酒』や『三千円の使い方』で有名な原田ひ香さんをご存知でしょうか?
今回は、原田ひ香さんが描く新しいお仕事小説『図書館のお夜食』をご紹介します。
『図書館のお夜食』
『図書館のお夜食』のあらすじ
東北の書店に勤めるもののうまく行かず、書店の仕事を辞めようかと思っていた樋口乙葉は、SNSで知った、東京の郊外にある「夜の図書館」で働くことになる。
『図書館のお夜食』プルーフ版 あらすじより
そこは普通の図書館と異なり、開館時間が夜7時〜12時まで、そして亡くなった作家の蔵書が集められた、いわば本の博物館のような図書館だった。
乙葉は「夜の図書館」で予想外の事件に遭遇しながら、「働くこと」について考えていく。
『図書館のお夜食』の感想
図書館の意義とはなんだろう
この図書館は夜にしか開館しません。
亡くなった作家の蔵書のみが、蔵書として登録されています。
(その理由は最後に明らかにされます。)
そんな特殊な私立図書館で、図書館の存在意義というものを考えさせられました。
本を保存し、利用者の方に最適な情報や求めていらっしゃる書籍等を提供するのが図書館だと私は思っています。
そんななかで、この図書館は少し変わっています。
・夜にしか開かない。
・亡くなった作家の蔵書を所蔵している。
これらの時点で、私の考える図書館像からはかけ離れています。
しかし、それが実現できるのは、この図書館が私立図書館だから。
個人が自分の目的のためだけに作っている図書館だからです。
そこで、貸本屋さんにせず図書館にしている意味を考えてみました。
お金が目的ではない。
広く、いろんな人に蔵書を見てほしい。
こんな思いが、図書館のオーナーにあったからではないでしょうか。
図書館、私立であっても公立であっても、利用者の方に最適な情報や書籍を提供するという目的は同じだと
本書を通して再認識したように思いました。
働くことについて考えさせられる
主人公の乙葉は、前職の書店であらぬ疑いをかけられて退職し、「夜の図書館」に転職しています。
「夜の図書館」で夜食を出してくれる木下も、前職でトラブルがあって転職しています。
このように、登場人物たちはそれぞれに事情を抱えて、それぞれにスカウトされて「夜の図書館」に勤めるようになったのです。
それぞれの過去については、軽く触れるものもあれば、ほとんど触れないものもあります。
そこが、本書によりリアリティを出している部分だと感じました。
彼らの過去の経歴や仕事に対する姿勢を通して、自分の働き方について考えさせられました。
真摯に仕事に向き合う姿、本に対するそれぞれの情熱、「夜の図書館」という場所に対する愛情。
すべての人が同じであるはずもなく、しかしゼロでもない。
そんな当たり前のことが、当たり前のこととして提示され、読者に手渡されるように感じました。
この小説を読んで、あなたはどんな働き方をしますか?
そんなことを優しく問いかけてくれているような小説でした。
『図書館のお夜食』の特徴
興味をそそられるサブタイトル
本書のサブタイトルは以下の通りです。
しろばんばのカレー
井上靖の『しろばんば』だよ。その中に載ってる、おぬい婆さんが作るライスカレーを再現したの
『図書館のお夜食』39ページ
今では思いつかない材料で作られた美味しいカレー。
食後に出されるコーヒーも飲んでみたいです!
「ままや」の人参ご飯
「『ままや』というのは向田邦子さんが妹さんにやらせていたお料理屋ですよ」
『図書館のお夜食』116ページ
オレンジ色のご飯…それは人参のカロテンたっぷりのご飯でした。
ぜひ炊きたてでいただきたいです。
赤毛のアンのパンとバタときゅうり
『赤毛のアン』のシリーズを読んだ木下だが、これといった料理がなかった。
しかし、アンとダイアナが食べたパンとバタときゅうりの何かは、このシリーズの中で唯一といっていいほど美味しそうだった。
そこで出来上がったのが、きゅうりとバターのサンドイッチ。
きゅうりのサンドイッチだけでなく、チキンのサンドイッチも一緒に出されてて、木下さん分かってる!と思いながら読みました。
田辺聖子の鰯のたいたんとおからのたいたん
毎週金曜日は田辺聖子の日。
彼女のエッセイや小説に何度も出てくる「鰯を炊いたものと、そのお汁でおからを炊いたもの」の組み合わせ。
そして、けんちん汁。
[たいたん]って言い方可愛くないですか?
炊き込みご飯のことだと思うのですが…たいたんって言いたくなります。
森瑤子の缶詰料理
急遽、コンビニで買ってきたネギと、置いてあった缶詰で作った料理。
それは、森瑤子のエッセイに出てくるご飯がもりもり食べられるものだった。
缶詰だったら再現できそう!と思えた料理でした。
即席なのに美味しい料理にしてしまう木下さんの腕が光る回でした。
どれも会話の中で、その料理がどんなものなのか、どんな味なのかが語られていきます。
木下と図書館メンバーの面々の掛け合いや料理を通して語られる本の話が興味深く、思わず読んでみたいと思わせてくれます。
私は特に『赤毛のアン』シリーズを再読しながら(もしくは映像で見ながら)、サンドイッチを食べてみたくなりました。
美味しそうなご飯の描写
本書の魅力は、原田さんならではの美味しそうなご飯の描写ではないでしょうか。
サブタイトルで美味しそうだと感じた後に、それぞれのご飯の描写が細かく書かれています。
それだけではなく、乙葉たちが飲むコーヒーの描写もまた、個人的に美味しそうで…本書を読んでいるときはコーヒーを傍らに置いていました。
このご飯の描写が、小説内の緊迫した空気やドキドキを和ませてくれる効果をもっていました。
良いタイミングで木下さんとご飯が登場するので、「あぁ良かった。やっとご飯だ」と登場人物と同じ気持ちになって読み進めることができました。
仕事を通して知る人とのつながり
本書は特殊な図書館での勤務がメインですが、登場人物たちの仕事ぶりや関係性を通して、人とのつながりの偶然性や必然性を感じずにはいられませんでした。
彼らはネット等をとおして、オーナーにスカウトされた、いわばたまたま集まった人々です。
しかし、どこか似ている部分も持っていて、互いに深くならない程度のより良い関係を築いているように思えます。
この適度なつながりというのが、現代においては必要なのではないか?
そんなことを本書では、読者に伝えているのではないでしょうか。
偶然集まった者同士だからこそ、互いに深くなりすぎず、かといって無関心すぎない関係性。
簡単なようで難しいですが、このような関係性を築くことができたら、もっと楽に仕事したり生活したりできそうだなと感じました。
『図書館のお夜食』がオススメな人
美味しいものが好きな人
本書は、サブタイトルがお料理になっていたり、タイトルに「お夜食」と付いていることから、お料理がたくさん登場します。
しかも、文豪のエッセイや名作に載っているものを再現した料理ばかりです。
読書が苦手だという人も、本書を読むだけで、文豪や名作にくわしくなれちゃうかもしれませんよ。
ちょっとしたミステリーが読みたい人
本書では、各話にちょっとした謎が含まれています。
そして、姿を現さないオーナーや登場人物たちそれぞれの過去など…物語全体を包み込むような謎もあります。
謎にされていたことは最後に解明されるので、本格ミステリーではないミステリー小説を読んでみたい人にはオススメです。
図書館のお仕事小説を読んでみたい人
本書は「夜の図書館」という変わった図書館が舞台ですが、行っている業務の大筋は普通の図書館と変わりません。
そのため、図書館のお仕事小説を読んでみたい人にはオススメできる小説だと思います。
まとめ
「夜の図書館」らしく、表紙も夜の青と蛍光灯の黄色で、不思議な装丁の本書。
夜の読書にもオススメの穏やかな時間の流れる一冊です。
本書をとおして、働くことや人とのつながりについて考えたり、美味しいお料理で心を満たしたりしませんか?
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